心と体

2016年5月 8日 (日)

そろそろ警告

毎日12時間労働をはじめて一か月がたった。最初のころは面白半分でだらだら22時まで仕事をした。そのうちに慢性化して、今に至る。どうにもリーダーがアホの極みで、20時くらいに退社した人を指さし「帰るの早いねー」という人なのだ。仕事を量ではなく時間でしか計れない。そのくせ、休憩時間は時間で計測できない、無能の極みであるが、そのリーダーが定時に帰宅しているのをみたことがないので、結局のところ、人は他人の中に自分を求めてしまうのだろう。そして、自分と同じことができない人を「格下」と上下に位置付けて安心するのだろう。

すくなくとも、リーダーはそう見える。
だとすると、彼と同じ時間まで働く私は評価されているのだろうか? そうでもないだろう。リーダーにしてみれば「俺と同じ」であって、つまりは、最低ライン、クリアすべき義務のラインを達成しただけの事で、それは「当然」であり、評価、つまりは加点対象ではない。
減点は楽だ。だから無能はすぐに減点を始める。無能に無能といえる人はいない。私だって無能に無能とは言いたくない。

落語の芸談にこんなのがある。
「人の話を聞いて、
自分より下手だと思ったら、
その人の芸の水準は自分と同じくらい。

自分と同じくらいだと思ったら、
自分よりもうまい。

自分よりうまいと思ったら、
その人のほうがはるかにうまい。」

いかに人間は、
自分を過大評価しがちか
ということだが、

落語に限らず、
人間の行為全般についても、
言える真理だろう。

「他人の実力は自分が考える倍ある」
と思っておけばまちがいない
という戒めである。

2013年10月20日 (日)

再開

ブログを再開しよう。1年たったから。時間だけが僕の薬だ。

今も仕事を続けている。とても嫌な仕事だ。今回のブログ再開のテーマは「どうしてこの仕事が嫌なのか」について検討するためだ。
問題認識の第一歩はまず文章にすること。できれば人に読んでもらうといい。そう思ってブログに書くことにした。長い時間をかけて、もしかすると誰かが読んでくれるかもしれない。そう、僕は未来に向かって書いているのだ。たとえ読むのが未来の僕だけだとしても。
仕事が嫌な理由を列挙する。
  • 向いていない
  • したい仕事と違う
  • 判らないことが多い
  • 疲れるのが怖い
  • ミスが怖い
今この瞬間に思い付く理由がこれくらいか。
<向いていない>
いまの仕事は向いていない。IT関係なのだが、担当している業務分野が向いていないと思う。そう思うから向いていない、嫌になるのかもしれない。しかし思うことを止められない。
ではどうして向いていないのか。
<したい仕事と違う>
これは理由として弱いか。ではしたい仕事とはなんなのか。それにこたえなければならない。しかし、答えはない。現状は否定するが、対案はない。これではないことだけが明らかなのだが、答えがないのであれば、どんな仕事だって違うといえるんじゃないだろうか。これは僕の心理的問題だ。
<判らないことが多い>
今の仕事が始まって3か月。わからないことが多くて当たり前だと思う反面、もっとわかっていいんじゃないかと思う。つまり、わかろうとしていない、という自分の問題だろう。
また僕の問題だ。
<疲れるのが怖い>
数年前に疲れから心身を壊した。それいらい疲れるのが恐ろしい。これは正直なところだ。疲労に対して恐怖がある。すこしでも疲れると、おそらく体感は本来以上の疲れを感じ取るようになっている。これも自分の問題ではあるが、どうしようもないと思っている。それが問題、だと指摘されれば返す言葉もない。
まずは疲れることになれなければならない。いまそう思った。もっと疲れていいし、一晩で回復できるようになるべきなんだろう。好きなことなら、疲れも愉しいんじゃないだろうか。そういう時期は僕にもあった。
<ミスが怖い>
これは書いておきながらそう思っていない。ミスはどうしようもなく発生する。それをどうすればつぶせるのか、だけである。これは単に無理やり考えた理由でしかない。ミスの価値、というものは、環境によって左右される。要するにミスに対して対応する人、言ってしまえば上司が怒るしかできない人の場合は価値が上がる。そうして人は萎縮する。怒ればミスがなくなるなんて幻想でしかないが、大勢の人、その立場の人たちはそれが解っていない。なぜなら、面倒くさいからだ。
人の世界は面倒くさいがすべての堕落の原因になる。
自分も注意し続けなければならない。なんだって面倒くさいものだ。だからとりわけ面倒くさいと言って嫌うものではない。すべてが面倒くさいものだと判れば、面倒くささというものは大きく減衰するだろう。今そう思う。
まずあしたから面倒くさがるのをやめよう。今までも思っていたけれど、今以上に、改めて、面倒くさいに対して向き合っていこう。なんだって面倒くさいものだ。そう思おう。
再開第一稿として、結論は「面倒くさがらない」にする。

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