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January 19, 2006

他人に期待することは楽でいい。オススメ。

東京証券市場が大荒れである。原因はいろいろあろうが、その最たる物は東証のシステム設計の甘さだろう。将来、自分の市場がどれほどの規模になって欲しいのか。その希望を表現するべきシステム規模が非常に小さいことが残念で仕方がない。言わば東証としては現在の規模程度が東京証券取引所として妥当、もしくは最大限の規模であると判断してシステムを構築したわけである。
現実問題として資金は有限であり、そこから求められるシステム資源はこれも限られる。その規模が妥当と最終的に判断したの富士通ではなく、東証である。それとも、富士通の限界なんだろうか? だとすればやはりそのような業者を選定した東証の過失である。証券取引とは信用の価値を取引するのと同義であろう。その市場そのものが信用を放棄したのであるから、これはもっと大大的に扱われるべき事項である。
一方で、昨年夏から信用を失いつづけている建築業界ではあるが、すっかり隠れてしまっている。証人喚問、参考人質疑、伊藤元国土長官、安倍官房長官といろいろとくすぶっているが、報道の扱いはきわめて小さい。陰謀論もうなづけようというほどである。
さて、今回の汚職事件と偽装事件、証券取引法違反事件に会計法違反事件と押並べて東京でのできごとである。東京にいる人間、これらの周辺に居る人間には雰囲気のように今のできごとは予想されていた、噂されていたと囁かれている。一部の人間は情報を把握し、今回の混乱を乗り切る算段が構築できていたと見ていいのだろう。ずいぶんと国家陰謀論であるし、またずいぶんと厭世的な話ではある。
常常、思うことであるが日本人は東京ができたこと、いまあることをもっと感謝すべきである。あれほどの都市が自国にあることを認識すべきだ。都年間予算はフィリピンの国家予算と同等である。東京にいないというだけであらゆる競争において不利になる。それを意識すべきだ。「21世紀は地方の時代」と小泉総理は言ったが、そんなものは言葉だけでまったく事実とは異なる。人口減少時代になっても、首都圏の人口は限界まで増加しつづける。地方は東京からの距離に応じて人口が減りつづける。京都議定書の二酸化炭素排出量も図らずも達成できるだろう。
今も昔も勝因は情報の秘匿に限る。誰よりも早く、なんなら自分が発信元になってもいい。情報を手にすることだ。

正月までの距離

子供のころ。大人の背中はとても遠くてその距離は時間だけが必要だとは思えなかった。いざ自分が大人と区分わけされる年齢になってみると、あのころの自分と何も変わっていないと判る。あの時見たあの後姿になれたのか、追いつけたのか追い越せたのか。いまでも前に見える背中は幻だろうか。
どうでもいいテキストがネット上に氾濫している。それらの集合の重なり合った部分に意味はあるのかもしれない。ずっと重なりつづけられる人の文章が「手っ取り早い」ことから価値を持ち出すだろう。情報格差こそが価値、勝ち、金になる例である。
今の大人たち、これまでの大人たちは、インターネットを利用する文化に育たなかった。今の子供達は情報量とそれを扱う技量で今の大人たちを凌駕している。自宅で子供用にURLフィルタを導入、設定しても子供のスキルが設定者以上であれば全く機能しない。普及しきるまでに時間の必要とする技術は、その過程で先に習得した人間が優位に立つ。それが親子関係を破綻させる。大人たちは情報の最先端がテレビに尽きる。「今の」子供達はテレビを卑下する。もっと自分に合う手法を求める。そういった変更することが文化の世代だ。テレビのように融通の利かない媒体は自分から棄てる文化。
その次の文化。文化の遷移は人が作っている筈なのに、人はそれを抑えることができない。なぜか翻弄されつづける。人が作ったはずなのに、人がそれに飲み込まれてしまう。

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