気の利いた言い回しなんて全然思いつかない。
2004年は露出した一年。今年から収束しはじめる。どこかに。残念なことに僕の啓は暗くてたった一年先でも照らし出せない。人の言葉を信じるしかない。まるで、コロンブスの言葉を信じた王のようだ。
変化は常にいわゆるエスタブリッシュ側の許容範囲内。それを超えたことが2004年だったのかもしれない。まだ許容範囲内なのかもしれない。あとからしか判らない。
僕のエントリもエシュロンに収録されるのかもしれない。確認する術がない。
変化も全て金で表現される。戦争で相場が動けばそれが意味になる。
小林よしのりは平和の対語を混乱としていた。辞書は調べていない。
これからは主張と主張が戦いつづける。もう、闘っている人もいる。だから大晦日に格闘技を見るのか。
勝った人は次の相手を探す。負けた人間は立ち上がれないか、立ち上がらないか、立ち上がってより弱い相手を探すか。それとも再選を挑むのか。WWEならPPVになるのか。
NEETは戦わない。彼、彼女らはリングに上がらなければならないことを理解しているからNEETになった。戦わなくてもいい方法があるから。
観客が必要だ。それ以上に審判が必要だ。
重くてコメントなんて全然書き込めない。


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