2016年9月25日 (日)

えるものなし

先週は祝日が2日あったのだけれど、仕事というか上司とについて考える時間だけが積みあがったため、結局のところ、心が疲れた。問題点は多いのだが、いずれも私ではどうしようもない、と結論付けた。したがって考えないのが解決策なのだが、これまた繰り返しだ。

ああいう人たちが社会の大勢なのだろうか。あれが正解なのだろうか。あああるべきなのだろうか。そっちのほうが私に心には負担が多い。いずれにしても負担になるのか。
楽になりたい。では楽とは、どのような状態なのだろう。それを考える。

2016年9月19日 (月)

また結局

なんとか休んだ。とはいえ、結局仕事について、とりわけ上司、上役についてばかり考えていたので、これはもう、転職するとか、ドラスティックな変化が必要なのではないだろうか。夜に考え事はしないようにしているのだが、考えるのを止められない。

こうして、文章をしたためて、心の平穏を確立する。

2016年9月17日 (土)

悪化する

事態は悪化する。

大体、上司とは、自分のコピーと思えるような人をすくいあげる。自分が(会社から)認められたのだから、この方式が正解なのだとなり、自分に似た人(都合のいい)を選び出すのだろう。
せめてカタチのうえでも3連休としたいため、朝まで働いた。今週から新しいリーダーが配置されたのだが、こいつが、とにかく、その問題の上司と似たメンタリティを持っている。他部署の人間だから知らずにいたのだけれど、よくこんなに似た人格が近くにいたな、と驚くばかりだ。
どうして、こう、年を取ったおっさんは年齢をまず第一の判断基準とし(自分より下しか見ないけど)そのままプライドに自分をコントロールさせることが平気なんだろうか。
こんなところでしかなにもできない自分もおかしい。

2016年9月11日 (日)

辛さの正体

すこし状況が変わったのだが、それを見て思ったこと。

怒る人はいる。本人は「正しく怒っている」つもりなのだろう。んがしかし、怒って問題が解決した経験なんてないんだけど。単に「面倒な人」にカテゴライズされて、その人の視界から問題が消えてなくなるだけなんだと思う。
怒りたい気持ちわかるけど……。
いずれにしても上司がクソなのは変わらず。すこし、私の認識も変わってきて、どの辺の上司までが「クソ」なのかはちゃんと見よう。

2016年8月21日 (日)

なにもない

体力は回復しない。

やる気はない。
精神力は摩耗するだけだ。
不安だけが募る。ちょっとしたことを事大に考えて、ふさぎ込む。
もう、どうしようもないところまで来たんじゃないだろうか。責任を取る人間がいない現場だ。「そうしたほうがいいんじゃない?」「こちらがいいと私は思います」などなど、無責任な言葉だけが降り積もり、誰も責任をとらないまま決定されていく。
なるほど、私も無責任になればいいのだ。
それが今週の気づき。

2016年8月14日 (日)

地獄の釜の蓋が開く日

地獄ですら休みだというのに、私の職業はむしろ、客がやすみなのでスケジュールリカバリのため休日出勤推奨だし、機器を止めていいから作業だったばんばん入る。

ハッキリ言って、最低の職業だ。それしか能がない私も最低だ。若い人はコンピュータ業界、とりわけSI関連にはぜったい就職してはいけない。ここには幸せはない。

2016年8月 7日 (日)

あーあーあー

辛い。上司と業務と合わさって辛い。夏休みなんてない。年内に取得できるのだろうか。

こうやって人は死んでいく、なんて思ってしまうほどに、だめだ。
辛い。
辛い。
半年ぶりに、精神科で薬をもらう。頭の中の熱が取れますように。

2016年8月 2日 (火)

結局のところ、他人になにを求めているのか、というぼんやりした毎日がつづく。

人に何かを期待していいなんてことはない。まずは自分に期待して、自分を動かすしか、私にはできない。
とにかくつらい日々が続く。

2016年7月18日 (月)

誰に聞いても

不思議なもので、いろんな人に話を聞いても、世に出てくる話を見ても、上司とはまったくもって敵でしかないようだ。元は違うだろうに、ある日管理職になると、人は凶暴になるのだろうか。それとも責任感が、人を画一化していくのだろうか。

仕事が大切なのはわかる。しかし、どれくらい大切なのだろうか。上司を見ているとそう思う。

2016年7月11日 (月)

悩みは尽きない

業務がやや平常営業に。とはいえ、その分先送りにしていたモノもあるわけで。

上司とあわない件がどうにも目立ってきた。この辺は自分勝手なものだと自覚している。
以前よりあわない上司だったのだが、最近はとにかく合わなくなってきた。どうして、ああいう人が、管理職になるんだろうか。会社の評価システムに疑問を感じずにはいられない。
とはいえ、これを読んだおっさん連中は「そういう人こそ」みたいな、強烈な自己憐憫と自己肯定から完全に僕を否定するんじゃないかなと思う。
一般論なんてどうでもいいんだ。僕があわない、という話なんだから、どうでもいいんだ。合わせるのも仕事のうち、という人。自分の不幸を普遍的だと勘違いしないでほしい。
ただ、いろんな上司をみても、大体がアレな人が多かったので、日本の国家レベルでダメな人を上司にする仕組みが運用されているんじゃないだろうか。
ただ、今の上司はあわないだけで、ダメなのかはわからない。彼なりに悩んでいるのかもしれない。
しばらくはこの上司について、言葉にしていこう。

«月がかわれば